水曜日の5時間目は道徳の時間。
3年生は、全員が3組の教室に集まって学習していました。
題材は
“いただきます”
そう、食事の前のあいさつです。
「なんで『いただきます』っていうのか?」
教師の問いに、子どもたちは一生懸命考えて答えていました。
命をもらっているから
命に感謝の心を込めて食べるため
食べものにかかわっている人への気持ちを表すため
ご飯を作る人、材料などを運ぶ人、農家、自然…
私たちの食べ物となっているものや、食事にかかわる人たちへの感謝の気持ちを表すあいさつなのだということを、子どもたちはわかっていました。
ところが、「トイレに捨てる人がいる」このことをどう考えるか、どう思うか?
と、問われると、
命が台無し
作ってくれた人に悪い
お金ももったいない
失礼だ
事もたちの放つ言葉からは、怒りや悲しみが伝わってきます。
ここで、教師が子どもたちに見せたのは、ティッシュに包まれた、コッペパンのかけら。
なんと、掃除の時間に3年生が使っているトイレの床に落ちていたそうです。
教師がその状況を伝えた後、
「みんな、子とのことを許せる?許せない?」
と、投げかけると、
「許せない」
という声がたくさん。
近くの子と考えや思いを交換してから全体の場で話しました。
「いただきます」のあいさつに込められた思いを考えた後ですから、命やパン作りにかかわった人のことを思い浮かべて、“許せない”理由が語られました。
パンのあった場所から考えて、3年生の可能性が高いです。
この子は、なぜ、パンをそこに置いたのでしょうか。
食べものの大切さはきっとわかっていたはず。
食べきれないことを教師に伝えにくかったのでしょうか。
叱られると思ったのでしょうか。
こっそり置けば、ばれないと思ったのでしょうか。
食べ始める前に減らさなかったからと言って、先生は、食べきることを無理に強いることはありませんよ。
食べられると思っていたけど、おなか一杯になっちゃうこともあるよね。
床に落として食べられなくなることもあるよね。
ちょっと勇気を出して、先生に言ってね。
みんなで考えたことで、食べものを大切にする気持ちや食べ物にかかわる人に感謝する気持ちが強く、大きくなったよね。