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2016/06/17

6月18日 四日市空襲の日

| by 橋北小

| by 管理
 今から,71年前の昭和20年(1945年)6月18日未明,アメリカ軍のB29と言われる戦闘機89機が四日市市を襲撃しました。第二次世界大戦が終わる2か月ほど前のことになります。前日の17日の夜11時すぎに空襲警報が解除になったすぐあとのことで不意打ちの爆弾投下だったようです。

一番機が四日市上空に到着した午前0時38分から1時間半ほどの間に,11,000個以上の焼夷弾が投下され,街はたちまち焼野原になりました。被災した市街地のほとんどの建物は焼けてしまい,四日市の約35%が焼失したと言われています。橋北小学校から近い橋北地区と四日市の中心街を結んでいる慈善橋も焼けおちたそうです。

6月18日以降,8月8日までの間に,アメリカ軍は合計9日間,海軍の燃料廠(燃料の研究や実験をおこなっていたところ)を中心に工場地帯を爆撃しました。そして最後の爆撃から1週間後に終戦を迎えました。
 この空襲によって亡くなられた方は,約800人,負傷者は約1,700人,被災した人は,50,000人余り,住居など建物の被害は,全焼半焼含めて13,000余りにもなりました。

四日市駅近くの鵜森(うのもり)神社の境内には,このような悲惨な戦争を二度と繰り返さないよう,後世に永久に伝えていこうという思いが込められた四日市空襲殉難の碑が建立されています。

この碑に刻まれた思いを忘れず,18日は犠牲になられた方々のご冥福を祈りたいと思います。

  


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