3年生の修学旅行では、東京夢の島にある第五福竜丸展示館を訪れます。この船は、1954年に太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で、アメリカが行った水爆実験によって、放射能を含んだ死の灰を浴び、被害を受けた木造のマグロ漁船です。
そこで、今日は、御年87歳になられる地域在住の藤田尚徳さんに広島での被爆体験を聞かせていただきました。藤田さんは、広島市街地から約20km離れた呉の軍需工場で学徒動員として働いていたそうです。原爆投下の1945年8月6日8時15分、当時15歳の藤田さんは、目の前が真っ白になる閃光と爆風、地割れがするほどのすさまじい音を今でも忘れることはないと語っておられました。そして、藤田さんは、広島市街地で働いていた兄を探すために、翌々日の8日、広島市内を歩き回ったこと、その惨状はもう地獄としか例えようがなかったと振り返られ、核兵器の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを、3年生に訴えかけていただきました。藤田さんはご自身の被爆体験をこれまで思い出したくない事実として語りたくはなかったそうです。ご自身の人生で今回の講演が2回目だそうです。本当に貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
